Mar 09, 2011
インターネットビジネスのWeb製作することを
世の中の多くの仕事の一つは、インターネットビジネスを持っています。一言でインターネットビジネスといっても様々で、物販からサービス提供まで様々です。その中でも、Web制作は人気で、インターネットビジネスといえばこれを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。インターネットが今のようにそれほど一般的でない頃は、Web制作は、単価が高いことでした。webデザイナーの存在感は決してそこまで強くはないですね。それは他のデザイナー、創作物の製作とは違って、顔も名前も表に出していないせいですね。しかし、インターネットは重要なものであり、サイトのデザイン性の高いのは、webデザイナーの名前と一緒に広く行くでしょうその方が理想的だと考えています。
【模索 大地震から7カ月】(上)
ピコピコピコ…。ロシア製の放射線測定器が高い空間線量を検知し、電子音で警告した。東京電力福島第1原発から直線距離で2キロの福島県大熊町内。今月9日、隣接する双葉町のバス運転手、開発一さん(56)一家は町が実施した一時帰宅に参加し、マイカーで国道6号を走っていた。
森の向こうに「1F(いちえふ)」と呼ばれる第1原発の高い排気塔と4台のクレーンが見えた。自宅は第1原発の北4キロの海岸近くにあり、大津波は自宅の目の前まで押し寄せた。自宅前の田んぼは7カ月後の現在、雑草が生い茂り、揺れるススキが秋の訪れを告げている。
開発さんがつぶやいた。
「風景が変わってしまった」
津波を免れた町の中心部は商店街も家々も、そして町の象徴だった「原子力明るい未来のエネルギー」の大看板も7カ月前のままの姿をとどめている。ただ、人だけがいない。やせ衰えた白い子猫が道を歩いていた。
開発さんは「『死の町』だなんて言われなくても分かっている。81歳の母親は『帰りてえ。いつ帰れんだ』と聞くが、みんな無理だと内心思っている。家族も隣近所もばらばらに避難している。早く移住先を探し元の生活へ戻りたい」。
冬支度のため持ち出したこたつを車へ積み込んだ。
◆作業員集まり盛況
住み慣れたわが家へ帰るだけなのに、白い防護服で全身を覆い3重の手袋をはめなければならない。原発事故の被害エリアでは、津波被災エリアとは全く異質の現実が広がっていた。
事故発生以来、東電と協力企業の延べ48万人が収束作業に当たり、現在も1700人が従事する。対応拠点「Jヴィレッジ」のある広野町の民宿は盛況が続き、隣接するいわき市の歓楽街やパチンコ店は「ミニバブル」に沸いていた。民宿を営む女性は「うちは大成建設さん。全80室を1部屋月5万円で貸している」と語った。いわき市の国道沿いには鹿島の寮「ディアハウス久ノ浜(ひさのはま)」が建設され、2階建てプレハブ12棟で寝泊まりする作業員のため通勤バスが走る。
西日本の都市から5月中旬に来たという男性作業員(41)は「大成建設の下請けの水谷建設の下請けの準社員」と名乗った。社会保険は未加入という。
「数時間働くだけで日当の2万円が出たが、原発の状況が落ち着いてきたとして1万8千円に減らされた。中古の軽自動車を40万円で買って、貯金が150万円できた」
話しながら「ハーハー」と軽く呼吸が乱れる。「甲状腺が腫れているらしい。はしかみたいなものでみんな通る道のようだ」と淡々と説明し、こうも話した。
「働くうちに福島へ愛着がわいてきた。この前地元へ帰ったら人々が無関心なのに腹が立った。ここでは明日をどうしようかという人々が大勢いるのに…」
◆「風評への意地だ」
浪江町の原発作業員、高田典男さん(33)は地震発生当時、第1原発の原子炉建屋にいた。築2カ月半の自宅は津波にのまれ、母のトシ子さん(61)と祖母の成代さん(85)を失った。
「放射能のため警察や自衛隊の捜索が遅れ、おふくろの遺体が見つかったのは1カ月半後、ばあちゃんは3カ月後だった。そのことは今も納得いっていない」。先月25日、ようやく葬儀を営んだ。「葬式が終わり一歩進んだとも思うが、64歳の父親は脳梗塞をやって施設へ避難している」。仕事は再開できていない。
最近、東京電力からA4の封書が届いた。「ご被害者のみなさまへ」と題した補償金の本補償のための請求書類一式だった。避難生活に伴う失業補償や交通費など実費の他、「避難生活等による精神的損害」として8月まで1人月10万円、公共施設での集団避難はプラス2万円、9月以降は一律5万円と書かれていた。
第1原発から3キロの双葉町で原発の保守の仕事を請け負う会社を経営する松本喜成さん(35)は震災後、100人余りの社員と収束作業へ加わっている。
松本さんは「一人一人事情の異なる精神的苦痛が一律なんて、東電はなめている。自分も会社を休業してしまえば営業損害として、賠償金が4、5億円は入るはずだ。でも続けている」と話し、こう語った。
「事故が収束しなければ日本という国が国際的に認められない。だが何よりも意地でやっている。それは福島が風評被害でこれだけ差別されていることへの意地であり、自身への意地でもある。自分は被災者でなく復興者だと思っている」
東日本大震災の発生から7カ月。原発事故地域で懸命に生きる人々を追った。
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