Oct 20, 2010
地域での成長、自然素材を活用するエコハウスについて
エコハウスは、これからの時代、どんどん建設されていく住宅と見なされます。地元産の地産地消の概念はすでに定着していますが、エコハウスについても、地域で生産される建築材料を使用して、地域で育った自然の素材を生かしながら、地域の環境にも対応する住宅を立てることが重要だという考えが浸透してきています。結婚をするときに花嫁のツールの一つとして、ワードローブも用意した。自分だけのためのワードローブを作成し、と思ったので、注文家具を注文することになった。家具の高さ、幅、深さ、引き出しは何段必要なのか、引き出しの仕切りはどのような分割が良いのか、ワードローブの色は何色かどうかなど、具体的な注文をすることを注文の家具は良いですが、到着まで1ヶ月以上かかった。ご注文後のお届けまでに時間がかかりますのでご注文の際に注意したい。
【ぶらり東海ナビ】
岐阜県南東部の景勝地「恵那峡」近くに7月、自然のなかで和洋のスイーツなどが味わえる「恵那 銀の森」(恵那市大井町)がオープンした。自然と食の調和がコンセプト。広大な森の一角に、イタリアンのカフェレストランをはじめ、和・洋菓子、和総菜、おせち料理の各店、それに特産品の販売コーナーも配置されている。ヒグラシの涼やかな鳴き声に包まれた森は、カモシカの姿が目撃されたことも。夏休みとあって、県内外からの家族連れらでにぎわう銀の森を紹介する。(中部総局 山根忠幸)
和洋の食が結集
銀の森は、地元の高級和洋食材製造販売「銀しゃり本舗」(渡邊大作社長)が構想から5年をかけ、事業費約15億円で整備した。敷地の総面積は約6万6千平方メートルで、森と施設エリアは半々という。「都会の人は、恵那の自然をこぞってほめるが、地元にいてあまり意識していなかった」と渡邊社長。すばらしい景観から、大正年間に地理学者が「恵那峡」と命名し、北原白秋や若山牧水ら多くの文人墨客を魅了した恵那峡だが、近年は観光に陰りが見える。そこで恵那峡振興の一助ともなればと、銀の森整備に乗り出したという。
5施設の6店舗で構成し、メーンはイタリアンのカフェレストラン「森の食卓」と、併設の特産品販売コーナー「銀の森ショップ」。利用客は、ガラス張りの店内で自然を満喫しながら、ピザやパスタなどに舌鼓を打つ。真夏には少し暑いが、オープンテラスもあり、恵那の山々を望みながらの食事は雰囲気も満点。ショップは、地元の特産品のほか、ワインや雑貨など多種多彩な品がそろっている。基本は地産地消だが、全国から「応援したい食品」を全体の約2割仕入れて販売している。
手作りの焼き菓子、ジャムなどの直売店「カリテレモン」は、南フランスの一般家庭をイメージした店内。焼き立てのアップルパイの甘い香りが漂う。リンゴジャムも自慢で、「つぶつぶした食感を味わってほしい」と吉田達哉店長。リンゴは、食品が0度から氷結する直前までの「氷温」技術を活用し、熟成させているという。
和菓子の「美栗舎(みくりや)」は、クリが中心の店。現在は、栗饅頭(まんじゅう)の「一文字」など約10種類が店頭を飾っている。「一文字は、しっとりとした生地とクリ、あんのバランスに工夫。甘さは控えめです」と丸野和弘店長。秋には「栗きんとん」の製造販売を予定しているという。
炊き立てのご飯を引き立てる和総菜の店「竈(おくど)」は、古民家風の内装で、日替わりで3種類の総菜などを提供している。かまどが並ぶ店内で仕上げる総菜は、銅鍋で調理しており、担当の加藤芳幸さんは「古民家の雰囲気もどうぞ」とPR。
本業(銀しゃり本舗)の調理の技を生かした店が「五節會(ごせちえ)」。「おせち料理に凝縮される、日本人が大切にしてきた節句の文化を伝承する」(渡邊社長)と1年中、手間をかけたおせち料理などを提供している。
里山の自然へ
岐阜、長野県境にそびえる恵那山(2191メートル)のふもとに広がる恵那市などの東美濃地方。江戸時代中期の尾張藩士で儒学者の松平秀雲の著「吉蘇志略(きそしりゃく)」によると、恵那山はこの地に降誕された天照大神(あまてらすおおみかみ)の胞衣(えな)が納められた山で、「胞衣山」と呼ばれたのが山の名の由来とも。この地が神話の時代から栄えていたことを物語る逸話だ。ちなみに、恵那山には明治26年、イギリスの登山家で、日本アルプスを踏破したウェストンも足跡を残している。
森をめぐる遊歩道は、一部が利用できる。渓流の濁川が、阿木川に合流する付近の森は、ヒグラシが「カナ、カナ」と大合唱し、ニイニイゼミの鳴き声が響き渡る。渓流には野鳥のキセキレイやセグロセキレイの姿を見ることができ、草むらにはハグロトンボが舞い飛ぶなど、まさに自然の宝庫だ。
ところで、水辺に生息し、各地で目にする機会の多いセキレイは、奈良時代に成立した国史「日本書紀」や史書「古事記」にも登場する「神鳥」だ。日本書紀では、セキレイの腰を振って長い尾を上下させる動作に由来し、国生みの逸話を生んだ。平安時代には「とつぎをしへどり(嫁ぎ教え鳥)」とも呼ばれていたという。
また、松江市に暮らした小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、その著「神々の国の首都」で、セキレイは「神鳥である」と記したあと「誰もこの鳥を傷つけたり、こわがらせたりはしない」とつづり、出雲神話が息づく人々の生活を紹介している。セキレイは、種類によってすみ分けをしている。大別して、河川の下流にハクセキレイ、中流にセグロセキレイ、上流はキセキレイがいる。銀の森付近は、中流と上流のセキレイの境目といえそうだ。
銀の森は、恵那山を仰ぐ一角にある。森エリアは、日光が射し込むように、雑木の伐採などの整備が進められている。「もともとは雑木林で、手入れをしないと森は生きない。数年で、立派な里山となる」と話す渡邊社長は、「将来は子供たちの森林教育の場にしたい」と思いをはせている。
恵那 銀の森 中央道の恵那インターから、恵那峡方面に車で約10分。入場は無料。元日を除く毎日午前9時から午後6時まで営業(8月中は土曜日と13−15日は終了を午後9時まで延長)。銀しゃり本舗では、初年度10万人、4年後には倍の20万人の入場を目標としている。問い合わせは、(フリー電)0800・200・5095。
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